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IPI創業者・IPN共同創業者

Ibrahim Phiriイブラヒム・ピリ

IPI創業者・IPN Tennis Tour CEO兼共同創業者

Ibrahim Phiri(イブラヒム・ピリ)は、人の説明責任を支えるテクノロジースタートアップIPIの創業者です。また、アジアとアフリカの文化の架け橋となるIPN Tennis TourのCEO兼共同創業者でもあります。アフリカ南部の各地でプロテニス選手が競い合い、優勝者を日本へ送り出して日本の選手と対戦する機会をつくることで、異文化交流とグローバル化を進めています。イブラヒムは、日本有数の連続起業家である共同創業者の中井竜弥(Ryuya Nakai)とともに、自己資金でIPNを立ち上げました。イブラヒムは18歳で30ドルを持って欧米へ渡りました。ニューヨークに到着して最初に食べた食事が、自分の純資産の50%に当たる金額だったと語っています。

Ibrahim Phiri

IPIを生んだ、現場の負担

25歳のとき、東京と大阪で6か月にわたり、IPNの提携に向けて伊藤忠商事、ファーストリテイリング(ユニクロ)、ミズノの経営陣と検討や協議を重ねました。

15か月連続で、イブラヒムは一日およそ50件の重大な判断を下し、問題を解決していました。なぜそう判断したのか。その多くは本人の頭の中にしか残っていませんでした。約束や基準、以前の判断が忘れられるたびに、同じ質問が自分のところへ戻ってきました。

2週間、頭が働かなくなりました。

IPIは、その負担から生まれました。何を求められ、何が起き、その仕事をどう判断し、次に何を覚えておくべきか。オーナーと従業員が、その記録を一緒に持てるようにするためにつくった仕組みです。

テニスから、文化をつなぐ架け橋へ

イブラヒムは、アフリカ南部と日本をつなぐプロテニスサーキット、IPNをゼロから築きました。アフリカ南部の大半にわたる地域で大会を開き、優勝者は飛行機で大阪へ渡って日本人選手と対戦しました。世界ランキング最高300位の選手も参加。各地にイベントマネージャーを配置し、現場を動かしました。

開始から8か月以内に、IPNは月間平均100万人のユニーク視聴者に届く規模になりました。最初の日本・アフリカ南部サーキットには300人を超える選手が参加。ゼロから始めた事業は、国境を越えて選手、現地のチーム、観客をつなぐ国際サーキットになっていました。

政治的な摩擦、スポンサーをめぐる問題、関係者それぞれの思惑。その中でも、イブラヒムは国ごとに現場へ入り、事業を動かし続けました。ただ、判断はどこにいても自分を追いかけてきます。何を約束したのか。仕事は十分だったのか。次に何をするのか。IPNを立ち上げる力になった自分の関与が、今度は事業を伸ばす時間を奪っていました。

IPNを、日本の経営陣へ

25歳のとき、イブラヒムは東京と大阪で6か月にわたり、伊藤忠商事、ユニクロを展開するファーストリテイリング、ミズノの経営陣と、提携に向けた検討や協議を重ねました。

IPNは2024年6月に日本企業向けのスポンサー募集を開始。8月には伊藤忠商事やユニクロとの9月の面談予定を発表しました。9月には両社との協議が進み、大阪でのイベントも準備段階に入っていました。

事業を動かす前に、コートに立っていた

20代前半、イブラヒムはハンプトンズでプロとしてテニスをしていました。ツアーをつくる前には、18歳以下の国際大会、ITF World Tennis Tour Juniorsにも出場。その後、マイケル・ミルケンのHamptons PCF Summer Classicで、4シーズンにわたり採用・運営チームに参加しました。

2024年8月24日には、ニューヨーク州ウォーターミルのParrish Art Museumで開かれたPCF Annual Hamptons Galaに出席。Getty Imagesに、氏名付きの報道写真記録が残っています。この夜は、PCF創設者のマイケル・ミルケンとイーロン・マスクの対談も行われました。

IPNを始めるまで

イブラヒムの父親は著名人で、有力サッカークラブのオーナーであり、国のトップリーグの会長でもありました。10代の頃に家族は財産を失い、18歳でアメリカへ。手元にあったのは、今は亡き祖母からもらった30ドルでした。

アメリカでの大学時代には、コンテンツを軸に複数のEC・アパレルブランドを成長させ、Druskiのような著名人のインフルエンサーキャンペーンを主導しました。

アフリカ南部で育ち、アメリカで起業家としての道を切り開きました。テニスの原点はハンプトンズにもあり、今は主にニューヨーク、マイアミ、東京を行き来して暮らしています。仕事の外では、チェス、キックボクシング、サルサを楽しんでいます。

今、つくっているもの

IPIは、長年の事業運営で得た経験を、ほかのオーナーも使える仕組みにしたものです。何を頼み、どんな証拠が提出され、仕事をどう判断し、次の人に何を伝えるべきか。その記録をチームで共有します。イブラヒムは、自分が抱えられる範囲に支えられた事業を築きました。今つくっているのは、その知識を会社に残し、一人の記憶に頼らず進めるための仕組みです。

プロフィールと公開記録

  1. イブラヒムがIPIをつくった理由

    IPI誕生の経緯アフリカ南部と日本で300人以上をまとめた本人の経験。

  2. IPN Tennis Tour

    ツアー公式サイトIPNの公式サイト。公式Instagramが開きます。

  3. PCF Annual Hamptons Galaに出席したIbrahim Phiri

    Getty Imagesの報道写真記録ニューヨーク州ウォーターミルでの出席を氏名付きで記録。アセット番号2168118994。

  4. Ibrahim PhiriのLinkedIn

    本人の職歴紹介IPN、日本での活動、テニス、事業経験についての本人の紹介。

  5. Ibrahim PhiriのCrunchbase

    人物データベースIPN Tennis TourのCEO兼共同創業者として掲載。

  6. IPNテニスツアーが日本のビジネスをアフリカ市場へ導く

    Sportsmania掲載の発表CEOのIbrahim Phiriと東京訪問の予定を紹介。「イブラヒム・フィリ」の表記を使用。

  7. IPNテニスツアー、日本企業とのパートナーシップ・プログラムを開始

    PR TIMES掲載の発表日本企業のスポンサー募集を発表。CEOを「イブラヒム・ピリ」と紹介。

  8. テニスを通じてスポーツ外交の未来を切り開く

    PR TIMES掲載の発表9月の企業との面談予定と、大阪でのイベント計画を紹介。

  9. 衰退する日本経済に新たな“大テニス時代”の可能性

    PR TIMES掲載の発表初のアフリカ南部サーキットの終了、広告なしで50万回を超えた視聴、日本企業との協議を報告。

  10. 2024年PCFガラのプログラム

    Society Beeのイベント報道ガラでのマイケル・ミルケンとイーロン・マスクの対談を報道。